GALLERY TAGA2
肥留川 裕子(富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館学芸員)
2月のまだ寒い日、アトリエに伺って拝見した作品には、洗練された形態と色彩の中に洸旗さんの制作にかける熱量が結晶しているような印象を受けた。
今回の個展で発表される作品のほとんどは、昨年の秋に私の勤務先で開催した展覧会後に制作したものだという。僅か1、2か月しか経っていないとは思えないほどの制作ペースの速さと、完成した作品の密度には思わず目を見張った。地元での夫婦二人展という大きな仕事を終えた後に、ひたすら制作に集中することのできる充実したひとときがあったことを、アトリエに並ぶ作品は饒舌に教えてくれた。
ここ数年の個展では一貫してチューリップが中心に据えられてきたが、今回の展示にその姿はない。洸旗さんによれば、今回は「山」をテーマにしているという。作家の暮らす群馬は、浅間山、そして榛名山・妙義山・赤城山の上毛三山と呼ばれる個性的な山々に囲まれた土地であり、現在のアトリエも妙義山麓の自然豊かな場所にある。日本では遥か昔から山を神聖なものとして崇め、信仰の対象としてきたが、現在でも奇岩の並び立つ妙義山を前に人智の及ばない圧倒的な自然のエネルギーを感じる人は少なくないはずだ。自然の在りようを制作の端緒としてきた洸旗さんにとって、身近な山々の存在はこれまでも重要な位置を占めていたはずで、今回その存在がクローズアップされてきたことの意味は、どこにあるのだろうか。
今回の個展のタイトルにある「響き」は、聴覚で捉えられる音とともに振動をイメージさせる言葉だ。今回の制作の契機には、近年作家が感じるようになったという山々の“振動”があるという。ただし、ここでいう“振動”は物理的なものではなく、五感では捉えられないエネルギーや響き合うような万物の関係性といったイメージに近い。絶妙なバランスで平面上や空間に配置された小さな山々は、こうした作家の体感を端的に物語る。また今回最も大きな《未来への響き》と題された黒一色の作品は、どこか無限に広がる宇宙の姿を思わせる。大地に根を下ろす植物や広大な風景など、地球上の自然へと向けられていた作家の視点は、チューリップの花弁の先を越え、山々の稜線をなぞって、広大な宇宙へと緩やかに上昇していくかのようだ。
制作をとおしてこの世界の本質に触れようとする作家の意識は、今地球の重力から解放されて、宇宙というすべての起源へと向かっている。その原動力は、作家自身だけでなく社会全体が、自然と人間の関係を見つめ直し、どう生きるべきかを問い直す切迫した必要性に駆られていることの表れなのではないだろうか。私たちが作品の前に立つとき、微かな感情のゆらぎを感じるとすれば、それは作家を介した宇宙からのメッセージと言い換えられるのかもしれない。それがどんな未来を語るのか、答えはきっと私たち一人ひとりに委ねられているはずだ。
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