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三輪洸旗・途道展 −富岡から世界を紡ぐ−

富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館




チューリップの生き様

田中龍也

 東京から群馬へ向かう関越自動車道は体感できないくらい少しずつ高度を上げていき、藤岡ジャンクションで上信越自動車道に入ると明らかな上り坂になる。ぐんぐん山が近づいてきて、吉井インターチェンジを過ぎたあたりから遠くにギザギザ尖った特徴的なシルエットを見せていた妙義山が、突然目の前にゴツゴツした岩肌も露わに姿を現す。その山体に飲み込まれる手前で下仁田インターチェンジを降り、町中を抜けて谷筋の道を登っていくと左右の山が徐々に迫り、斜面は険しさを増していく。その街道沿いの急峻な山に抱かれるように、三輪夫妻が暮らす家は静かに建っている。

 三輪洸旗が東京都八王子市裏高尾町の自らのスタジオと、群馬県下仁田町にある三輪途道の実家2階の仕事場とを行き来しながら制作するようになって、ちょうど四半世紀が経つ。20年ほど前に制作の拠点を下仁田へ集約し、数年前には職を群馬県内に移して東京との二重生活は解消されたが、高低差のある場所を行き来する日常は変わらない。

 平野部と山間部の間を移動する車内からはダイナミックな風景の変化を日々目にし、家では覆い被さるようにそびえ立つ裏山の圧倒されるような力を日夜感じて過ごす三輪は、地球の創成期からその「場所」に蓄積されてきたエネルギーをとらえ、作品に反映させるようになっていく。

 2003年に制作された《波1》(cat.no.57)は、本州を真っ二つに分断する大地溝帯、フォッサマグナをモチーフとして、場所のエネルギーを表現しようとした最初の作品である。正方形に近いパネルに2017年頃から描かれている群馬の風景をテーマとしたシリーズ(cat.nos.4, 8~12, 21~47)では、視点の移動を表すように、空と大地の割合、地平線あるいは水平線と山との位置関係が様々に変化していく。平面作品に絵の具と混ぜてしばしば用いられる砂は、アトリエ周辺で自ら採取したものだという。考えてみれば、どこにでもある砂の一粒一粒に、地球の歴史が記憶されているのだ。

 群馬での生活の中で、場所の力あるいは歴史、記憶に対する三輪の感覚は徐々に研ぎ澄まされ、場所から受け取ったイメージが少しずつ三輪の意識の中に堆積していった。今回の展覧会は、展示室全体を使い、それを一気に表出する機会になる。おそらく群馬という限られた場所にとどまらず、大地と人間の関係を問い直すような展示になるであろう。それを象徴する作品が、本展のために制作された大作《チューリップの見た夢》(cat.no.7)である。

 白地の画面にはざっくりと水平、垂直の線が引かれている。水平線は人間が活動する舞台となる大地であり、また水平線に沿って海のような水面が広がり、山の稜線が連なる。ピラミッドは、自然に対する人間の活動、文明を象徴するものだろう。

 空間の広がりを表す水平線に対して、垂直線は時間の堆積とみることができ、また大地へ降り注ぐものを表しているのだろう。それは水を循環させる雨であり、そして現在の環境や社会状況を考えれば汚染物質やウイルスなど災いをもたらすものかもしれないが、大地はそれら全てを受けとめる。画面右側の中央より少し下でゆっくりと大地を進むのは、《夜明け-地平と神獣-》(cat.no.66)にも登場する「神獣」である。これは何を表しているのだろうか。

 人類は、人と人との関係性で築かれる「社会」に基盤を置いて文明を発展させてきた。効率的で生産性の高いことがよしとされ、拡大と成長を求め続けてきた。今、私たちは昨年来の新型感染症のパンデミックによって立ち止まることを強いられ、これまで私たちが生きるための場、ステージとしてきた社会について再考する機会を与えられた。神獣は、一度破壊されたその場を整え直す存在ととらえることができる。三輪が提示するのは、私たちが「社会」ではなく「自然」のほうを向き、自然の波動にあわせた生き方を選択し直すことである。

 三輪が数年来、専ら彫刻のモチーフとしてきた植物のことを考えてみよう。植物は偶然与えられた場所に根を下ろし、その環境から得られるものを還元しながら成長し、自然の一部となって種を繋いでいく。三輪が作る《チューリップ》(cat.nos.13~16, 48, 68, 69, 74, 75)は、ただ葉を広げ、花茎を伸ばし、花を咲かせ、自然の理にかなった姿で静かに立っている。一見何の主張も感じさせないその表現には、実は人間のあり方に対する根源的な問いかけが仕込まれている。そう、三輪は植物を彫りながら、太古からの人間のあり様を想像し、未来の人間のあるべき姿を創造しているのだ。

 植物の生き様は、そのまま三輪の作家としての態度でもある。「他人を意識して声高に自己主張するのが美術だと言うならば、自分は美術作家と呼ばれなくてもよい」。こう話す三輪洸旗こそが、最もラディカルな表現者なのかもしれない。


(たなか・たつや/群馬県立近代美術館学芸員)

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